住所  Dunmurry Industrial Estate, Dunmurry, Co. Antrim,  N. Ireland BT17 9JJ.
 
1970年代はじめ、当時アメリカ3大自動車メーカーのひとつであるゼネラル・モーターズの副社長で、次期社長と言われていたジョン・Z・デロリアンは、突如GMを退職しました。  「GMをクビにした男」とまで言われた彼は、自らの夢と野望をかなえる為、リスクのおおい自動車会社を設立しました。
 
1974年1月1日にまずJZD Inc.を設立、次いで1974年10月24日にDMC Ltd.を設立しました。 当時、他の自動車メーカーは口を揃えて、DMCは5年ももたないと酷評しました。
 
デロリアンは持ち前の行動力で多数の投資家から資金を集め、また英国政府から雇用対策、地域振興を名目に工場建設費用を得ました。  DMCの工場は北アイルランドのダンマリーに建てられ、その敷地面積は70エーカーという広大なものでした。 工場は1978年10月に操業を開始し、最盛期の従業員は2600人でした。
 
DMCは当初北アイルランドのみに存在していましたが、1981年になり、いよいよDMC-12が完成し、開発から量産、販売と事業展開を行う為、北米本社を設立しました。北米本社はロサンゼルスから南へ車で1時間程のカリフォルニア州アーバインという街に5万2千平方フィートという広大な敷地に建てられました。敷地の中にはオフィスの他に部品倉庫、技術トレーニングセンターが併設されました。またウィリントン、デラウエア、ロングビーチ、カリフォルニアの各拠点、ニューヨーク支社をオンラインで結ぶデータセンターが建てられました。
 
DMCが第1車目を世に送り出してからわずか16ヵ月目、2年も経たずに工場は1982年5月31日操業停止に追い込まれました。  操業停止の原因は、英国政府に対する追加融資の要求が拒絶されたのを皮切りに、1982年2月19日にDMCは財産管理化に置かれてしまったことです。
 
その後1982年5月31日に工場閉鎖、後に無罪を勝ち取りますが、1982年10月19日にデロリアン氏は麻薬密売容疑で逮捕されてしまいます。  正式には英国政府の管財人の手により手続きが行われ1982年10月25日に倒産しました。 倒産しても、契約済みの車を生産する為その後も工場は稼動したようで、最終車両が完成したのは1982年12月24日のクリスマスイブでした。
デロリアンについて
DMC社について